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七妖伝 第七回 術比べその三 [小説]


「なんと。古狸も全く歯が立たぬか。ええい。八房、おゆき」
八房の対戦相手は弁財天だ。女性であるとはいえ、八房の対戦相手は神様である。少しくらいは八房も勉強しておかねばならなかった。八房の脚力がいくらあろうとも、そのような術が通用するような相手ではない。
ゆっくりと九尾の狐が広げた巨大な尻尾に乗って、八房は弁財天と向き合う。
弁財天は八本の手に刀、弓、矢、矛、鉄輪、羂索、投げ縄などを持って現れた。穏やかな表情であり、妖怪を相手に戦う雰囲気など全く無かった。
驚異的な脚力にものを言わせて、弁財天の周囲をぐるぐると駆け回っていた八房は、相手に隙がないと見て取ると、大きな体を捻り弁財天に飛びかかった。これを弁財天は宝棒で軽くいなすだけだ。それだけで、八房の大きな体は弾き返される。
八房はこんな小柄な女に莫迦にされるのが悔しい。かつて、自分は人間の女の伏姫を妻としたのだ。もちろん、伏姫は人間であり神様ではなかったが。
八房にしてみれば、弁財天などは姿形だけを見れば、かつての妻の伏姫とさほど変わるとは思えない。もちろん、客観的には弁財天の方が遙かに美しいのだが、自分の妻を不美人だとは言えないし。
とにかく女神であろうとも、ねじ伏せてやればよいのだ。俺の力を見せてやれば、畏れて降参するだろうから、それから可愛がってやろうと八房は思った。
八方を自由自在に大きく跳躍して、噛み付いてやろうと思ったが、飛び回る度に投げ縄が飛んできて体のどこかにびしっと当たる。さすがに、八房も何度もそんな事が重なると体が痛くなる。
そう思って休んでいると、宝棒が飛んできて叩かれる。そんなことの繰り返しで、どんどん八房は追い詰められた。
最後の跳躍と思って後ろ脚を縮めた時、なんと今まで武器を手にした勇ましい八臂弁財天の姿だったのに、弁財天の姿は、妙音弁財天、つまりかの有名な裸弁財天になっているではないか。
月影もない風雨で荒れた海の上には、月よりも白い輝く裸身があるではないか。犬のくせに人間の姫に恋したというスケベな妖怪は、その裸弁財天のあまりの美しさに、その姿をよく見ようというスケベな気持ちから思わず後ろ脚を伸ばしたのだった。その瞬間、弁財天は琵琶をかき鳴らし、伏姫の幻影が現れた。またしても、幻影に心を躍らせた八房はその時、バランスを失い海に落ちた。
八房が落ちた場所からゆらゆらと出現したのは、「憤怒」を司るサタンであった。サタンは悪魔の代名詞と考えられるほど有名な悪魔大王であり、全ての悪魔を統制する悪魔の中の悪魔である。「憤怒」はラテン語で 「ira」、英語は「wrath」である。
サタンが海から姿を消したとき、黄色の光がいずこへともなく一筋すうーっと消えた。
そして、びしょ濡れの八房が犬掻きで九尾の狐が垂らした尻尾に近づいて、無事に尻尾に戻った。

「ちぇっ。だらしないねえ。八房の莫迦は、裸弁財天なんかに気を取られるからよ。それに、私の裸の方が弁財天なんかよりも、もっと美しいし」
女に化けることの多い九尾の狐は、どうやら女の本性が根深くあるらしく、嫉妬深いのであった。
妖怪のくせに神様を超越していると思うところが可笑しいが、悪魔も神様よりも優れているという慢心から反逆して転落したのであり、その意味では東洋の妖怪も西洋の悪魔もたいして違いはないのかもしれない。

「それ蛟よ。最強の毘沙門天と戦いなさい」
この蛟龍ともいわれる妖怪は、龍の成長の一過程とも言われている。
九尾の狐の九つの尻尾のうち、七つには妖怪が乗っているが、あとの二つには高い木と、大きな樽が積んであった。
その大樽には酒が入っているが、蛟は酒を飲み、体内でアルコールを濃縮して火焔の術を施そうというものだ。この術は猩猩のような呑兵衛には出来ない術である。呑兵衛ではない蛟にしかできない術である。
大量の酒を一気に流し込み、アルコールを濃縮させて火焔を毘沙門天に向かって放つ。毘沙門天は鎧甲冑に身を固めていて、火焔などにはびくともしない。
四肢のついた蛇のような胴体で毘沙門天をぐるぐる巻きにして角で毘沙門天の顔を突こうとするが、毘沙門天が持つ宝棒は、自由自在に曲がり蛟の胴体のあちこちを打つ。
宝棒にも火焔が吹き付けられるが、全く焼けたりしないままだ。尻尾の先に瘤があるのでこの瘤で毘沙門天の頭を打つのだが、この作戦も全く通じない。さすがに、毘沙門天は最強の武神である。防御力も攻撃力も最大限にあるのだ。
ゆっくりと、胴体を締め付ける蛟を振り払うと、とてつもない力で宝棒を振り下ろし、蛟はたまらず海に振り落とされた。
蛟は龍にまでは成長していないから、毘沙門天に力が及ばないのではない。元々妖怪ごときが神様に挑んだのが大間違いなのであるが、妖怪を束ねる九尾の狐の感情に振り回されているので、妖怪達にもどうにもならないのである。
実を言うと、妖怪達は元より自分達の力が神様に勝るなどとは思っていなかったのだ。特訓などしても神様に対抗する力など付く訳がないことは知っていた。ただ、頭領である九尾の狐に向かって何か意見をすれば、恐ろしいお仕置きが待っているので、何も意見を言えないのだ。 
ましてや、九尾の狐は冥界にいた自分達を死霊として呼び出し妖怪に仕立ててくれた恩人でもあるのだ。九尾の狐が怒りに駆られたら、再び冥界に戻らねばならないかもしれないのである。そう言う意味では、妖怪の世界も人間の世界もワンマン支配は困ったものなのである。
悪魔の代表のサタンの場合は、全知全能の神に逆らったのであり、人間のように全知全能ではない中でワンマンになるというのとは意味が違う。悪魔は、自分の分際が分からずに悪魔になったのである。全知全能の神には従うという選択肢しかない。
人間の場合には、ワンマンの集団から抜け出すという選択肢もありうるからだ。ただ、それでうまく行くか否かは保証の限りではない、というだけの話だ。
海に振り落とされた蛟はなかなか姿を現さず、「色欲」を司るアスモデウスが出現し、ゆらゆらと陽炎のように揺れてそのまま消えた。色欲はラテン語で「luxuria」、英語では「lust」である。
そして、一条の紫色の光がすうーっと海の彼方に消えた。それから蛟が申し訳なさそうに九尾の狐の尻尾に戻った。

「ふん。今回は完敗したけど、この次はこうは行かないからね。なんだい、神様のくせに、私達妖怪を虐めるなんて」
「おいおい。別に虐めてはおらんぞ。戦いを挑んで来たのはお前達ではないか。ともかく、人間の信仰心や畏れの感情を破壊するな。そんなことをしたら、人間は欲望の放出しっぱなしで抑制が利かなくなってしまう。私達神がおそれるのはその事なのだ。別にお前達の事を憎んだりしているわけではない」
「まあ、憎らしいわね。格好付けて。とにかく今回は引き上げるわよ。覚えていなさい」
そういうと空に向かっておおきく啼いて、九尾の狐とその尻尾に乗った妖怪達は姿を消した。
江ノ島沖の海上での神様と妖怪の戦いは、もちろん人間には見えるはずもなく、人間達はただ、えらく風雨の強い夜だと思ったにすぎない。
戦いが完了して妖怪達の姿が見えなくなると、七福神が乗った宝船は、ゆっくりと走り、風雨も収まってやがて白々と夜が明けた。


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酔生夢死の世の中を渡るには、それなりの覚悟と知恵がいる。そんな覚悟も知恵もなく歩んできた人生の好きなことを、好きなように書き散らしました。