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酔生夢死の世の中を渡るには、それなりの覚悟と知恵がいる。そんな覚悟も知恵もなく歩んできた人生の好きなことを、好きなように書き散らしました。

仰天国語難問録 [小説]

仰天国語難問録


「今日も暑いな。一体いつまで続くんだろうか、この暑さは。うちのエアコンは故障したままで、夜は寝にくいから堪らないよ」
そう小声で呟くように自分に言うと、男は会社への道を急いだ。朝の陽射しとは思われないような強い陽射しが男の体を締め付ける。アスファルトからの強烈な照り返しが忌々しく思われた。
その男の薄くなった頭髪は、長年自分の人生を必死で生きてきた証でもある。
「あ、鈴木さん。お早うございます」
「あ、お早うございます、田中さん。田中さんはいいね。まだ定年まであと十ニ年くらいあるし、世の中は定年延長の動きもあるから、もっとずっと会社にいられるんだろう。僕はあとニ年で定年だよ。正確には一年半だけど。ところで、例のG社の新製品は開発が延期されそうなんだって。うちの部品も売り上げ増を期待していたのになあ」
「そうですよね。残念ですよ。もう一足のところだったのに」
男の名前は鈴木弘司という。鈴木弘司はあと二年で会社去る平凡なサラリーマンだ。二人の子供はもう成人しており、それぞれによい配偶者をえて家庭を持っている。
妻の美穂は元気な女で、朝から短歌の会に出掛けたり、音楽同好サークルに出掛けたりして飛び回るが日常になっている。時々は、ボランティアで豚汁の炊き出しだとか、おにぎりを大量に作らねばならないとか言って、嬉しそうに動いている。

鈴木は十五年前に父親を亡くし、母親を昨年亡くしたばかりだ。母親が死んだ当初は、辛くて仕方がなかった。鈴木弘司は三人兄弟の末っ子として育ったので、母親にべったりだったのだ。
還暦に近い年になっても、母は母である。だから、父親が亡くなってからは、鈴木が母を引き取って一緒に住んでいた。その大好きな母が突然目の前からいなくなったのだ。両親に孝行を尽くさなかったことを鈴木は今でも後悔していた。
母親の葬儀の際に久し振りにあった兄弟や従兄弟達と幼い頃の母の思い出話に花が咲いた。終戦後の食べ物もろくにない困難な時期を乗り越え、少し落ち着いてきた世の中に自分たちを送り出したくれた父母の様々な思い出は、セピア色の写真のように懐かしいものであった。
最初のうちは父母の話だったが、やがて自分達の健康の話題が移り、あとは病気の話と子供、孫の話ばかりになった。
そのうちに、誰かが子供の頃の思い出を始めて、そこに話題が集中していった。懐かしいヒーロー、テレビ番組、漫画の話、映画の話など話題は尽きなかった。
それらの話題が一巡してからやがて、自分の生きた証として何を残したいかという話に移っていった。
従兄弟の鈴木俊毅は最近俳句に力を入れていて、結社の先生からもなかなかの力量の持ち主として認められているのだという。いずれは句集を出して、自分の人生の証にしたいと話していたのが印象的だった。
弘司はこれといって趣味がない。幼い頃はがらくたの収集に熱を上げていたが、大学を出て社会人として働くことに汲汲とするようになってからは、週末はただ家でごろ寝して疲れた体と心を休めるのが趣味というようになった。
写真には興味があったがお金がかかるし、スポーツはテレビで観戦するだけという方なので、特に自分でプレーするスポーツはない。敢えて言えば時々歴史の本を読んだり、古典を読んだり、クラシック音楽を鑑賞する程度だった。
妻の美穂は弘司と違っていたって活発な女であり、若い頃から短歌結社に属していて技術的にはともかくとして、結社の中ではそれなりの地位を占めていた。
最近では定年後に無趣味では毎日の生活が単調になり、お互いに気疲れするようになるというので、美穂は弘司にも短歌を作らないかと勧めているのだ。弘司としても美穂と一緒に趣味を楽しむのはとてもよいことだと考えていた。
それに何よりも、従兄弟の鈴木俊毅が、自分が生きた証として句集を出したいと言っていたことに強く刺激されたことで、自分も歌集を出せるようになりたいと考えた。妻の美穂もガリ版刷りながら、もう3冊も自分で作って知人に配っていた。
しかし、今更美穂に短歌を習うというのは癪に障るし、結社のような組織に属するのは疲れることなので嫌だと思っていた。
色々と悩んだ揚げ句、大学時代の友人を一人思い出した。湯島昭次郎という著述業に携わる男だ。湯島昭次郎なら出版社と頻繁にやり取りとしているに違いないし、そうだとすれば短歌結社に属さなくても短歌を作り楽しむことが出来る方法に知恵を貸してくれるだろうと期待できると思ったのだ。湯島昭次郎はなんと言っても、大学時代には弘司の一番の仲良しだったのだ。
ここ数年は湯島昭次郎も忙しいらしく、クラス会にも出席していない。多忙な彼に依頼するのであるから、丁重に手紙で依頼することにした。
二日後、湯島と久闊を叙するために、銀座で一緒に食事をすることにした。
「仕方がないな。鈴木君の依頼とあっては断れないな。僕は君に借りがあるからね。これで長年の借りを返すことが出来る」
湯島は美味しそうにビールを飲み干しながら、弘司に悪戯っぽく話す。
「えっ、湯島君が僕に借りがあるだって。僕にはおぼえがないけれど」
「ほら、新宿の小便横町の入り口近くによくみんなで飲みに行った小さな居酒屋があっただろう。あれは、大学三年の夏休み直前のことだったと思うよ。僕のポケットには一銭も入ってなくて、君はアルバイトの給料を貰ったばっかりで懐が豊だった。だから、君にお金を借りたんだよ。金額は、もう忘れたがね。そのまま、返す機会がなくて、と言うより、僕はずっと貧乏だったから、返したくても返せなかったのだ。ずっと、そのことを忘れていたけれど、君の手紙を読んでから、君にお金を借りていた青春時代のあの頃が一度に蘇ってとても愉快だったよ。僕の方こそお礼を言いたい気分だね」

四日後に湯島昭次郎から連絡があり、出版社に相談してみたという。出版社からの情報によると、吉野周一郎という偏屈な歌人がいるらしい。この歌人は特定の短歌結社などに属したことはなくあくまで無師独学で独自の短歌世界を確立した人だという。
しかし、その性格があまりにも狷介であり偏屈なため、歌人としての評価は二分しているらしいというのだ。短歌結社からは無視されていて、歌壇での評価は全くない。
そんな偏屈な歌人なのだが、気に入った弟子には比較的親切に手ほどきをするという。
ただ、問題があって弟子を入門させるに当たっては、日本語の問題を出して、日本語に対する感覚を試すのだという。
言語感覚がよくないと、短歌を作っても独自性のある短歌は作る事が出来ない。平凡な月並みなものしか作れない、というのが吉野偏屈先生の持論らしい。
湯島昭次郎によれば、ともかく吉野偏屈先生に手紙を書いて、入門依頼を診断せよ、とのことだったので、それに従った。
数日後、吉野偏屈先生から日本語の問題が送付されてきた。以下はその質問である。

第一問 次の傍線部分のカタカナを漢字で書け。
A
1 意味: 中国の戦国時代、越王勾践が呉王夫差と戦って、カイケイ山で囲まれ、負けて辱めを受けた。その受けた恥の仕返し、復讐という意味。
(ア) カイケイの恥を雪ぐ
2 意味: 自分で自分の能力や価値などを信じること。自分の考えや行動が正しいと信じて疑わないこと。
(イ) ジシン過剰
3 意味: 簿記で、計算や整理の便宜上、諸種に類別した勘定の名称。
(ウ) カンジョウ科目
4 意味: 心臓と呼吸が止まった状態。心臓の動きが先に止まる場合と、肺の動き(呼吸)が先に止まる場合とがある。しかし、蘇生の可能性が残されているため死亡状態ではない。
(エ) シンパイ停止

B 次にAの質問に出て来た四つの漢字の部分を、総て他の漢字に置き換えて、新しい解釈が出来る創造的物語、あるいは奇抜な解釈を作りなさい。たとえそれが現在ない日本語ではなくても構わない。造語であっても、新しい意味や奇抜さが読み取れればよいものとする。これは学校の日本語の試験ではなく、日本語の感覚を問うものである。

第二問 次の俳句を読んで三種類の解釈を作りなさい。その際、適切と思われるひらがなの部分を回答者の解釈に沿った適切な漢字に変換せよ。なお、元々漢字で書かれた「切り株や」の部分も他の漢字に変換してもよい。俳句として発表するわけではないので、著作権侵害にはならないから。
切り株やあるくぎんなんぎんの夜 加藤 郁也 句集「球體感覺」より

第三問 次の言葉を使用して三種類の短歌を作りなさい。
「いさん」 「かくす」 「しそん」
なお、それぞれの言葉はどのように解釈してもよいし、活用させてもよい。たとえば、「かくす」を「かくせ」あるいは、「かくさん」としてもよい。一首の短歌に総ての言葉を盛り込んでも良いし、盛り込まなくてもよいが、二つの言葉は必ず組み合わせて使うこと。短歌の技術基準を見るのではなく、言語の感覚を問うのであるから、なるべく奔放な発想を期待する。その上で、それぞれの短歌の意味に見合うような漢字に変換せよ。
以 上

鈴木弘司は、この珍問、奇問、難問を読んで仰天してしまった。一般の日本語では考えられないような質問の山である。一体、この珍問、奇問、難問にどのように取り組めば回答をひねり出せるのであろうか。
これに回答せねば、短歌への入門の道が閉ざされる。妻と約束した老後に、一緒に短歌を楽しむということが実行出来なくなる。もし、約束を破る事になると、熟年離婚の危機に遭いかねない。そして、自分の生きた証が欲しい。
しかし、今更短歌結社などに入門するのは嫌だ。会社という組織に縛られ続けてきた人生なので、もうこれ以上組織には縛られたくないのだ。組織には嫉妬が渦巻いているということを長年の経験でよく理解している。
思いあまった鈴木弘司は、湯島昭次郎にこの質問書のコピーを提出してみた。彼の反応を見てから、どうするかを考えようというのだ。
早速、湯島昭次郎から連絡があった。非常に面白い奇抜な質問なので、自分で挑戦してみようというのだ。著述業の湯島が回答するのは、回答者の日本語の感覚を見ようとする質問者の意図とは違っているが、同じ言語活動をする者として、是非挑戦したいというのだ。だから、弘司は湯島が出して来た回答を見てみることにした。
それから、数日経ってから、湯島から回答が提示された。以下は質問に対する回答である。
第一問 次の傍線部分のカタカナを漢字で書け。
A
1 意味: 中国の戦国時代、越王勾践が呉王夫差と戦って、カイケイ山で囲まれ、負けて辱めを受けた。その受けた恥の仕返し、復讐という意味。
カイケイの恥を雪ぐ
回答 会稽

2 意味: 自分で自分の能力や価値などを信じること。自分の考えや行動が正しいと信じて疑わないこと。
ジシン過剰
回答 自信

3 意味: 簿記で、計算や整理の便宜上、諸種に類別した勘定の名称。
カンジョウ科目
回答 勘定

4 意味: 心臓と呼吸が止まった状態。心臓の動きが先に止まる場合と、肺の動き(呼吸)が先に止まる場合とがある。しかし、蘇生の可能性が残されているため死亡状態ではない。
回答 心肺

B 次にAの質問に出て来た漢字の部分を、総て他の漢字に置き換えて、新しい解釈が出来る創造的物語、あるいは奇抜な解釈を作りなさい。たとえそれが現在ない日本語ではなくても構わない。造語であっても、新しい意味や奇抜さが読み取れればよいものとする。これは学校の日本語の試験ではなく、日本語の感覚を問うものである。

1
回答 「会計」
解釈 ある日、同窓会で幹事役を命じられた入谷昭作は、とんでもない失敗をした。幹事役なので、酔っぱらってはいけないのに、すっかり酔ってしまったのだ。それで、店で会計をするときに、一人につき三千八百円を事前に徴収しているにもかかわらず、その場で更に四千円を徴収しようとした。そのため、みんなからおかしいと非難の集中砲火を浴びた。その時以来、入谷昭作を幹事役にしてはいけないというお触れが同窓会で出回った。おかげで、入谷昭作は会計のできない男としてすっかり有名になった。これを「会計」の恥というようになった。

2
回答 「地震」
解釈 世界人口総数は約六十五億人で、日本の人口は約一億二千七百万であるから、世界の人口の約ニパーセントを占める。世界の総面積は一億三千五百万平方キロで、日本の総面積はそのうちのわずか三十七万平方キロである。日本の総面積はなんと世界の総面積のわずか〇.三パーセントに過ぎないのだ。
世界には約八百以上の活火山があると言われている。日本にはその一割以上八三もの活火山があると言われる。そして、世界には十数枚のプレートがあり、日本はそのうちの四枚のプレートがある。太平洋プレート、ユーラシアプレート、北米プレート、フィリピン海プレートである。その結果、専門家によれば世界で発生する地震の一割は日本で発生していると言う。
日本はあきらかに地震が多いのだ。人口比率で言えばわずかニパーセント、総面積比率では〇.三パーセントしか占めない日本に、活火山の数も一割、地震発生も一割である。自然災害が多すぎるのだ。
これを、地震過剰の状態という。しかし、現在のところ、人力ではどのようにもならないし、出来ないのである。

3
回答 「感情」
解釈 成蹊大学経済学部教授の竹内靖雄氏によれば、あらゆる人間に共通した行動原理は「自己利益の追求」であるという。(「日本人らしさとは何か」 PHP文庫より)つまり、人間はいつも損得勘定をしているのだ。同氏によれば、利益には二つある。それは、現実的利益と感情的利益である。現実的利益とはお金、権力、地位、名誉などである。一方、感情的利益とはその人が満足するような利益である。例えば、被災者に義捐金を送る、ボランティアで活動をするなどの利他的行動で、自分の感情を満足させる。
孔子によると、人間には四つの悪徳があるという。克・伐・怨・欲である。克は勝つことを好むこと。伐は自分を誇ること。怨は人を恨むこと。欲はむさぼること。
克伐怨欲不行焉。可以爲仁矣。子曰。可以爲難矣。仁則吾不知也。  「論語」 憲問
克・伐・怨・欲、行なわれざるは、もって仁となすべきか。子曰く、もって難しとなすべし。仁はすなわちわれ知らざるなり。
さらに、三字経では人には、喜・怒・哀・懼(おそれ)・愛・悪・欲の七情があるという。
このように人間はたくさんの「感情」科目をぶら下げて生きているのである。自分の損得勘定、つまり、現実的利益にばかりにしか目がいかないでいて、他人の感情を損なうようなことになると、とんでもない目に遭うということだ。

4
回答 「心配」
解釈 佐藤純一は生まれつき心配性な質だった。遠足の前日には、当日は雨が降らないかと心配し、成績表を貰うときには前年度よりも下がっていないかと心配した。新しい職場に異動されれば、うまく行くのだろうかと心配した。ずっと心配のし通しだったと言っても過言ではない。
そんな佐藤純一も、寄る年波と長年積もりに積もった心配のために、体が蝕まれていた。重い病になって病院に駆け込んだ時には末期の大腸ガンだと診断されたのだ。
そして、病気が発見されてから、半年も経たないうちに危篤状態になった。
佐藤純一は、瀕死の床から看護師に向かってこう言ったという。
「もうこれであれこれと心配しないで済むんだ。これで心配停止だ」
それだけ呟くと、穏やかな終末を迎えたという話だ。

第二問 次の俳句を読んで三種類の解釈を作りなさい。その際、適切と思われるひらがなの部分を回答者の解釈に沿った適切な漢字に変換せよ。なお、元々漢字で書かれた「切り株や」の部分も他の漢字に変換してもよい。俳句として発表するわけではないので、著作権侵害にはならないから。
切り株やあるくぎんなんぎんの夜 加藤 郁也 句集「球體感覺」より

第一の解釈
切り株や歩く銀杏銀の夜
これは、作者が大きな公孫樹の木がたくさんある場所を歩いている風景である。その辺りはあまりにも公孫樹の木が多いので、伐採したのか、切り株がたくさんあった。
時刻は言うまでもなく夜である。春宵一刻値千金というが、残念ながらその時は春宵ではなく、夏の深夜の肝試しだったので、値は「金」ではなく「銀」であった。銀杏の実はまだ実っていなかったこともあったので、その夜の値は「銀」に格落ちしたのである。

第二の解釈
切り株や或る苦吟難吟吟の夜
吟行の俳人は、苦吟し、難吟している。このまま一句も出来ないままに、夜明けが来るのであろうかと、思い悩む俳人の苦悩する姿がよく出ている。
しかし、一句出来ると次々と作品が出来てくる。句が新しい句を呼び起こすのである。
先ほどまでの、苦が苦を呼ぶ現象とは全く別の世界が開けるのだ。もう苦吟も難吟もない。このまま夜明けまでぶんぶん飛ばして書き散らす、素晴らしい吟の夜が来るのだという俳人の歓喜に包まれた一句である。

第三の解釈
切り蕪や歩く吟難吟吟の夜
昔、ある尼寺に吟照尼という尼さんがいた。この尼さんは料理がとても上手なことで近所の人々に大変有名だった。
ある日、吟照尼の下に大きな立派な蕪が届けられた。これを見た吟照尼は、近所の皆さんをご招待してご馳走を振る舞うことが、御仏の心にかなうことだと考えて、ご馳走をすることにした。慈悲の心である。慈悲の心は言うは易く、行うは難(かた)し。
その時、吟照尼は一つの決意をした。ご馳走をする近所の人達のなかに俳句が好きで上手な人がたくさんいた。そこで、俳句など一句も作ったことのない吟照尼は一句ものしてやろうと思った。料理に添えようと考えたのだ。
料理の下ごしらえも準備万端整った招待日の前夜、吟照尼は俳句に挑んだ。しかし、今まで俳句など作ったことはないので、全く何も浮かばない。吟は歩く。虎のようにあちこち歩き回って歩いて俳句を考える。そして、どうにもならないままにとうとう招待日の朝を迎えた。
仕方がないので、自分が歩き回って難吟に苦しんだ揚げ句に、朝を迎えたという屈辱をそのまま読み込んだのがこの俳句である。
「吟」の夜は料理に対する賞賛の声と、俳句に対する非難の声が複雑に入り交じったものになったのであるが、その時の気持ちがよく表れた一句である。

第三問 次の言葉を使用して三種類の短歌を作りなさい。

「いさん」 「かくす」 「しそん」
なお、それぞれの言葉はどのように解釈してもよいし、活用させてもよい。たとえば、「かくす」を「かくせ」あるいは、「かくさん」としてもよい。一首の短歌に総ての言葉を盛り込んでも良いし、盛り込まなくてもよいが、二つの言葉は必ず組み合わせて使うこと。短歌の技術基準を見るのではなく、言語の感覚を問うのであるから、なるべく奔放な発想を期待する。
その上で、それぞれの短歌の意味に見合うような漢字に変換せよ。

回答一
太田胃散龍角散に葛根湯蒲柳の子孫よ手放すなかれ
この歌を詠んだ人は蒲柳の質だったので、いつも胃弱に悩んでいた。だから、太田胃散を手放さなかったのである。また、喉もいつもいがらっぽい感じが取れず、龍角散を愛用していた。そして、風邪を引くと決まって葛根湯を飲んだ。
自分の愛する子孫に対しても、これら薬を手放してはいけないという、ありがたい教えなのである。

回答二
核拡散防止条約締結し子孫に残せ世界遺産を
核爆弾による破壊とその影響には凄まじいものがある。終戦から60年以上経つ今も原爆症に苦しむ人がいるのだ。核拡散防止条約とは、そのような恐ろしい核兵器の保有国を制限して、核軍縮を進めるための条約のひとつである。しかし、現実には核軍縮は進んでおらず、インド、パキスタン、イラン、北朝鮮など拡大する一方である。
核爆弾による人類の共通の遺産として、世界遺産の破壊を守ろうという祈りが込められた一首である。

回答三
仕損じた違算のままの決算書隠さんとして税務署指摘
恐らくは二重帳簿を平気で作るような会社だったのだろう。税務署署員か明らかにおかしいとして指摘して、捜索した結果、違算のままで仕損じた元の帳簿が見つかった。このため、この会社の社長は税務署からこってりと油を絞られたという話である。

ここまで読み進んだ弘司は、腰を抜かしてしまった。あまりにも奇抜な発想の連続に、湯島昭次郎という友人が化け物に思われてきた。
しかし、今はそのような感想に浸っている場合ではないのだ。なんとしてでも吉野偏屈先生に短歌の弟子として受け入れてもらい、短歌を一人前に作れるようにならないといけないのである。
そして、ガリ版刷りでも良いから、短歌集を一冊出して、自分の生きた証にしなければならないのだ。
長年ぺこぺこと馬鹿な上司に頭を下げながら、家族のためにと思い、辛いことも我慢して働いてきた。狐と狸の化かし合いのような同僚との足引っ張り合いにも耐えてた。理路整然と話して、過ちを指摘してやっているのに、不服そうな顔で黙り込む後輩の不貞腐れた態度にも忍の一字で対応してきた。
そのように、耐えに耐えて黙々と職蟻や職蜂のように、営々と働いてきて手に入れた物は、この小さなマンションだけかと思うと、やはりなんとしても自分の生きた証が欲しいのである。
だから、意を決して、湯島昭次郎の回答をそのまま吉野偏屈先生に送った。
その後、吉野偏屈先生からは何も返事がなかったので、吉野偏屈先生の自宅を訪れたら、吉野偏屈先生は急病で入院したという。家族もいずに独り暮らしだったらしい。
近所の人に吉野偏屈先生の病名を聞くと脳梗塞で、再起は難しいだろうとの話だった。
鈴木弘司は、それを聞ききがっくりと肩を落として首を項垂れて駅の方に向かった。最寄りの駅へ向かう道の途中にこんな看板がかかっていた。
「初心者歓迎。短歌入門志望者募集中。ただし、入門試験あり。委細面談 吉野周一郎」
あなたも定年後に備えて、短歌を作りませんか。そして、短歌入門の試験を受けてみませんか。吉野偏屈先生に代わり短歌を教える人がいますよ、きっと。

終わり

注:第二問の第二の解釈については、『加藤郁也詩集』(現代詩文庫 思潮社)松山俊太郎さんの文(『球體感覚』復活)の解釈に基づいていますので、お断りしておきます。


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