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酔生夢死の世の中を渡るには、それなりの覚悟と知恵がいる。そんな覚悟も知恵もなく歩んできた人生の好きなことを、好きなように書き散らしました。

仰天日本語暗記法 [小説]

                仰天日本語暗記法


 先週の土曜日はひどい雨だったが、長年お世話になった会社の先輩が、定年退職の日を迎えたというので、わざわざ僕のところにまで挨拶に来られた。
仮にその人の名前を藤田さんとしておこう。僕は、この藤田さんには新入社員の頃からいろいろと教えて貰い、人間としても尊敬してきた。藤田さんは、能力も充分にあったけれど、どうしてもごますりなどが出来ない人で、上司に対するごますりをしなかったせいか、最終的な社内での地位は課長止まりだった。
「藤田さん。定年退職される前に、一度食事をしませんか。ほら、いつもの居酒屋で一杯飲みませんか」
 僕はそう言って前々から藤田さんを誘っていたのだ。
「田中さん。まだちょっと気持ちが落ち着かないから、退職後に一度連絡するよ」
 そう言われたままで、藤田さんの定年退職の日が来た。
 僕とはだいぶ年の離れた藤田さんだが、二人がよく一緒に飲みに行くようになったきっかけは、僕が通勤に利用している京浜急行の駅で藤田さんをみかけたことだった。
 その時までは、藤田さんがこの駅を通勤に利用していることを知らなかったのだ。
 それは、僕が入社してから三年目に結婚したので、今までの独り暮らしのアパートから住所を移したことにも関係するのだが。
 藤田さんとは帰りが同じ方向だし、僕が結婚した年の入社三年目になってから、我が社ではコスト削減が叫ばれるようになった。
 やがては残業手当削減もその対象となり、遅くまで残業をするなという社命が出ていたので、退社時間もほぼ同じになることが多かった。
 だから、自然に藤田さんとその駅で一緒になることが多かったのだ。三度目に駅で藤田さんと出会った時、藤田さんが、一杯やろうかと声をかけてきた。
 藤田さんとしても、はるかに年の離れた僕と飲み食いしているうちに、自分の息子よりもやや年を食っている程度の青年達の考え方はどうなのかということが、少しずつ理解出来るようになったらしく、二人で時折暇を見つけては居酒屋で一杯やったものだ。
 藤田さんが定年退職されてから二週間後になって、連絡があった。
「田中さん。やっと落ち着いたからいつもの駅前の居酒屋に行こうかね」
「そうですね。退職前には行けなかったですが。ともかく藤田さんはいつがいいですか。僕は出来れば今度の金曜の夜がいいのですが」
「私もそれでいいよ。時間は田中さんに合わせるよ。でも、奥さんに怒られないか。こんな爺さんと飲んでも、面白くないだろうけれど、君とは長年仕事で一緒だったからね。いろいろと仕事の思い出話もしたいしね」
 約束の金曜の夜、藤田さんと一緒に居酒屋に行った。
 その居酒屋で、僕は初めて大変美味しい水茄子の漬け物というものを食べた。
「田中さんは、水茄子というのを食べたことがあるかね。水分が多くてとても美味しいよ。これは大阪の泉州水茄子というもので、水分が普通の茄子よりも多いので、生でも食べられるんだ」
「あ、本当に美味しいですね。この近辺では栽培していないんですか」
「私が知る限りでは、どこにもないな。大阪の泉州地区だけと聞いているけれどね。土壌の問題で、他の土地ではうまく育たないのだろうね」
 僕は、この泉州水茄子がこの付近では滅多に入手できないのを恨むというほど、この水茄子が気に入った。
 だから、藤田さんと別れた後で、水茄子が通信販売で入手できないかと調べようと思ったのだが、その日は自宅に帰ってからすぐに寝た。
 それから暫くの間は、水茄子の事は忘れていたが、ある日、大阪出身のお笑いタレントが、この水茄子のことを喋っていたのをテレビで見て、藤田さんと一緒に食べた水茄子の事を思い出した。
 僕は通信販売でこの水茄子が買えないかと思い、インターネットで検索してみる気になった。検索バーに入力すると時に、うっかり間違えて「アキナス」とカタカナにしてしまった。水茄子と入れるところを、秋茄子と勘違いした上に、カタカナで「アキナス」と入れてしまったのだ。
 間違いに気が付かず検索すると、なんとトマス・アクィナスがヒットしてしまったではないか。イタリア生まれのこの有名な人のことなど、僕にはどうでもよかった。気を取り直して、検索し直してやっと注文出来るサイトを見つけた。
 やっと水茄子を注文した直後に僕は、一人の外国人の友人を思い出した。僕の友達には様々な国籍の人がいるが、オーストラリア出身のトマス・ジョンソンという日本語の上達しなかった男がいたのを思い出した。トマス・アクィナスの名前から、あの愉快でけったいな男のことを思い出したのだ。
 これから僕が語りたいトマスは、トマス・アクィナスとは何の関係もないオーストラリア出身のトマス・ジョンソンのことである。
 あれは、僕がまだ大学に入学して間もない頃だった。僕は当時文京区で独り暮らしをしていた。学校の授業を終わって地下鉄で御茶ノ水駅に出てそこから徒歩で古ぼけたアパートに向かった。
坂道をゆっくり下り、いったん平らな道に出た時、一人の外国人に声をかけられた。
その男は地図を片手にして、背中に大きなバックパックを背負っていた。
「済みません。あなたは英語を話しますか」
「はい。うまくはないけれど、話しますが。どうかしたのですか」
「この駅の近くのAというホテルを予約してあるのですが、場所がよく分からないので、ホテルまでの道順を教えてください」
 彼が手にしていたホテルの名前と住所のメモ書きからはこの近辺なのは間違いがなかったが、僕はその小さなホテルを知らなかった。
 仕方がないので、住所を頼りにその外国人を案内してやることにしたのだ。
 二度ほど道に迷ったが、僕達は無事にそのホテルに到着した。
「ありがとう。あなたの親切のおかげで助かりました。僕はトマス・ジョンソンといいます。オーストラリアから来ました。大学生ですけれど、世界中をほっつき歩いています。今回は、何日か日本にいます」
「僕は、田中弘幸。大学生です。よろしく」
 これが、僕とトマスとの出会いだった。
 次の日、僕はまたトマスと御茶ノ水の街角でトマスと出くわした。
「やあ、君はたしかトマスだったね。元気かい」
「タナカさん。僕は元気ですけれど、日本語はまだ全く分かりません。難しいですね」
 僕とトマスはずっと英語でやり取りをしていたのだが、当時僕はそんなに英語は上手ではなかったし、度胸だけで話していたようなものだ。
「僕は明日から京都に行きます。そして、また東京に帰ってきます。東京と京都の二カ所を見てから、もし日本が気に入ったら今度はある程度長期間日本に滞在します。今度電話するから電話番号を教えてください」
「京都はいいところだから、きっと気に入ると思うよ。それじゃあ、気をつけて」
 そして、東京に舞い戻ったトマスは、日本が気に入ったから、日本に滞在することしたと僕に電話を寄越した。
 次にトマスとあった時に、彼は僕に向かって、日本語の先生になってくれないかと申し込んだ。
僕は、当時まだ学生でもあったし、お金はなくても好奇心と時間はたっぷりあったから快諾した。また、僕もトマスから英語を習おうと思ったので、トマスの提案を受け入れることにしたのだ。

 それから二ヶ月後にトマスは東京に戻ってきた。
「タナカさん。僕は御茶ノ水のこの前泊まったホテルの近くに賃貸マンションを見つけたよ。そこに住みます。あなたのアパートからもそんなには遠くない」
「トマス。僕の事はヒロユキと呼んでよ。ところで、君はどんな部屋に住むんだい。一度部屋を見てもいいかな」
「いいよ」
 彼の部屋を見せて貰ったけれど、なかなかしゃれた造りになっていた。僕の住む老朽化したアパートとは大違いだ。
 いよいよトマスに日本語を教える日が来た。
「トマス。日本語の基礎は、あいうえおという五つの母音だ。これらの母音と子音の組み合わせで四十八文字がある。通常は四十六文字しか使用しないが。まずは、この表でそれを覚えることだ。読み方は僕が教えよう」
 そう言って僕は彼に五十音表を渡した。実際には四十六文字しか使っていないのに、五十音表とはこれいかに、などと心の中では思っていたが。読み方をトマスに教えたが、トマスはなかなか上達しなかった。
 二度目に教える日には、彼を浅草の浅草寺に案内した。僕は日本の観光名所を見ながら日本語を教えてあげようと考えたのだ。
 その日は彼の要望に添って、数の数え方を教えることになっていた。
 雷門の大きな提灯を見ると、トマスは大いに驚いた様子だった。風神と雷神の二体の像を見ると、今度は怖そうな表情になった。なかなか、感情の振幅の激しい男らしいと思った。
 仲見世通りを歩き出すと、表情は一転して明るく楽しそうになった。販売されている土産品や食べ物が珍しいのか、きょろきょろとあちこちを見回していた。
 どうやら、サムライに興味があるのか木刀などを見ると、立ち止まってしげしげと見る。饅頭屋の前では興味津々の表情だったし、煎餅屋の前では、得体の知れない食べ物だという顔付きをしていた。
 やがて浅草寺の本堂前に着いたので、僕はトマスにこう言った。
「トマス。このもうもうと立つ線香の煙を頭にかけると、頭がよくなると言われているよ。ほら、こうするんだよ」
「ヒロユキ。僕は充分に頭がいいから、そんなことはしなくてもいいよ」
 その時、僕は、西洋文化の下で生まれ育った人達というのは、原理原則が明快なのだと感心したものだ。
 僕はいつもどこのお寺に行っても、こうして線香の煙を頭にかけるが、それでも一向に頭がよくならない。それでは、そんなものを信じなければよいではないかと言われても、やっぱり信じる。
 信じないのであれば、線香の煙を頭にかけたりしなければよい。それが、原理原則を重んじる行き方というものだろう。ごく普通の凡人としては、御利益はあると信じる方ことで、気持ちが落ち着くというのが最大の理由である。
 僕は仏教徒なので観音様にお参りをしてくるというと、彼は、自分はクリスチャンだから、お参りはしないという。それはそれでいいから、その場で待っていてくれと言ったのに、僕がささやかな願い事を済ませて戻ってきたら、数人の女性とぺちゃくちゃお喋りをしていた。
 トマスの方に僕が近づいていくと、トマスは女性達に手を振って別れを告げた。
「そうだ、ヒロユキ。今日は数字の数え方を教え下さい。買い物するときでも、数字が分からないと困ります」
「英語のワンに相当するものはイチという。漢数字というのがあるが、それによるとこのように横に棒を一本引っ張る。これがイチだ」
「え、イチですか。はは。面白い」
「何が面白いの、トマス」
「だって、イチは、音だけ聞いているとitchです。つまり、かゆいことです」
「あ、そうか。なるほど。音だけならね。けれども、正確に発音するとichiだよ。日本語は必ず母音で終わる。子音で終わることはない。最後の『ん』という文字だけは別だけれど。まあ、でもトマスが覚え易いというのなら、そんな記憶法でも構わないよ。でも、発音する時には、必ず最後は母音だと覚えていてね。さて、イチの次は二だ。発音はニだが、実際にはイチ、ニーと少し伸ばす場合がある」
「えっ。ニーですか。これはまた面白い」
「何が面白いの、トマス」
「ニーはkneeです。つまり、膝のことです。音だけならね」
「でも、普通は短くニと発音するんだよ。語調を整えるために伸ばす場合もあるけれど、それは例外的な場合だよ」
「でも、ニーの方が覚えやすいよ、外国人には」
「まあいいや。その次は、三だよ。発音はサンだ」
「へえ。sunなの。数字に天体が入っているとは驚きだ。日本語は壮大なものだね」
もう、僕は、この男の発想には付いていけなかった。だから、彼が覚えやすい方法で日本語を覚えるのであれば、それで良いではないかと思い、何も反論したりしないことにした。
「ヒロユキ、sunの次は何ですか」
「ヨン、あるいはシだね。文字はこう書くのだけれど、読み方はどちらでも」
「じゃあ、僕はsheと覚えよう。それが覚えやすい。僕はフェミストだからね」
「その次はゴだよ。漢数字は少し難しいけれど」
「おお、goか。簡単だね。覚えやすい。それ行け、go go!だ」
「それから、ロクだ」
「六番目の数字はrockか。これも覚えやすいな。それで、七番目は」
「セブンに該当するのはシチあるいはなまってヒチ、もしくはナナと発音する」
「hitchならば覚えられる」
「その次はハチだよ」
「hatchだね。つまり、昇降口の蓋だ。潜水艦のハッチかな」
「さらに進むとキューだ」
「ぎゃはは。queueとは。タクシーの順番待ちかな」
「ああ、たしかにね。音だけならそう聞こえるよ。最後がジュウだ」
「Jewとはね。いや、恐れ入った。日本人はイスラエルの失われた十部族のひとつだとも言われているけれども、それと何か関係があるのかね」
トマスとはいちいちまともに受け答えしていられないので、僕は次に進めた。こうして、やっと二十まで教えたら、急に空腹を感じた。
「トマス。昼食を取りに行かないか。日本食は好きかい」
「僕は天麩羅が食べたいです。タナカさんは、天麩羅は好きですか」
「ああ、天麩羅は大好きさ。それじゃ天麩羅を食べに行こう」
「ところで、今何時ですか」
「what time is its now?と聞いたよね。それは、掘った芋いじるなと聞こえるな」
「えっ、何のこと?」
 僕は、これでトマスの変な日本語と英語の関連づけに敵討ちをしてやった。これは彼には何のことだか、さっぱり分からないだろう。ああ、すっきりしたと僕は思った。
 僕達は天麩羅屋に入り、天丼を頼んだ。そこの天丼には穴子、車海老、キス、野菜などが入っていて、天麩羅もからっと揚がっていて大変美味だった。
「そうそう。トマスよ。日本古来の数の数え方というものがもうひとつある。それは、先ほどのイチ、ニ、サン、シ、ゴという数え方とは別のものだ」
「ええ。なんだかややこしくなるな。日本語は複雑だな。でも、それも教えてよ、ヒロユキ」
「それは、ヒトツ、フタツ、ミッツ、ヨッツ、イツツ、ムッツ、ナナツ、ヤッツ、ココノツ、トオ、という。あるいはヒ、フ、ミ、ヨ、イ、ム、ナ、ヤ、コ、ト、と数えるんだ」
「he, who, me, yaw, というのは覚えやすいね」
 またまた、おかしな暗記法を持ち出したが、僕は彼の記憶法を無視した。
 天麩羅を食べるとトマスの変な癖も気にならないようになった。あの苛立ちは、空腹のなせる業だったのだろうと、僕は思った。やっと、心の平衡が取り戻せたのだ。
 こうして、日本語を覚えるのに無茶苦茶な英語と関連づけて強引で独り善がりな解釈をするトマスとの奇妙な一日は無事に終わった。
 それにしても、この調子で日本語を教えて行ったとしたら、何と何を関連づけるのだろうか。英語は子音で終わる単語が多いけれど、日本語は必ず母音で終わる。しかも、綴りと発音は必ず一致する。
 だからこそ、言葉のしりとり遊びなどが出来るのだ。これが子音で終わればしりとり遊びなぞは困難極まる話だ。
 たとえば、appleの次にeggと言えば、間違いだろう。なぜなら、最後のeはたしかに綴りの上では存在するが、発音としては存在しない。耳に聞こえるのはlの音だけでしかない。
 僕の目の前にいるオーストラリア出身の男は、なんとやっかいな記憶法を用いるのだろうか。仕方がない、日本語を覚えたいのはトマスであり、僕ではないのだから、方法論についてまでは僕は口出しする資格はないのだから。
 ただ、日本語を覚えるには彼の方法は有効ではないぞと、僕は密かに心中で彼の記憶法を軽蔑した。
 トマスと駅で別れる時、僕は学校やアルバイトがあるので、しばらくは会えないとトマスに申し渡し、翌週の土曜日に再び会うことにした。

 その土曜日には、僕は彼に動物や果物などの単語を教える準備をしていた。浅草からの帰り道に、いきなり難しい文章を教えても身につかないから、少しずつ前進するようにとトマスを励ましてあげたがどこまで理解したのか。
 トマスと会ってから、僕は彼をスーパーに連れて行った。まずは、果物や野菜を見せる。彼には、彼が知りたいと思う品物の名前を教えてやると話していた。本人があまり興味を持てない事を教えてもすぐに忘れるからだ。
「strawberryは何というのか」
「イチゴだよ」
「おう。itch goか。痒みは去る。文法的にはおかしいが。理解しやすい」
「正しくは、itch goではない。ichigoだ。まあ、トマスがよければその調子で覚えてくれ」
「これは何という」
 彼が指さした物は牛蒡である。牛蒡を英語で何と言うのかは、さすがに僕も知らなかったので、手元の英和辞書を引いた。
「それはゴボウという。英語ではburdockだろう」
「ええ、日本人はこれを食べるのか。僕達は雑草としか考えていないよ」
 果物はイチゴ以外にはめぼしいものがなかったので、質問攻めに会わなくて済んだ。野菜はタマネギ、人参、キャベツ、ジャガイモなど大抵いつもどの季節にもあるようなものばかりだった。それにしても、本来夏の野菜のキュウリまでがこんな春先にあるなんてと思ったが、このデパートにあるのは、日本人が自ら求めたことの縮図なのだ。
 そして、筍を見つけた時に、彼の興味は一際高まった。
「これは何なんだ。皮が付いている大きな黒っぽい植物は。これを食べるのか」
「これはタケノコだ。bamboo sproutだよ」
「へえ。竹というと、あの背の高い植物だろう。緑色をしていて、よく曲がったり撓ったりする。僕は、京都に行った時に、どこかのお寺の庭で見たよ。あんなものも食べるのかい、日本人は。信じられないね」
「トマス。文化の違いはどこの国にもある。君達が食べるワニの肉やダチョウの肉、あるいはウサギの肉は日本人には馴染みがない。だからといって、僕達日本人は、君達が変な物を食べているとは思わない。君達が食べる物だけが、世界中どこでも食べられているというわけでもないだろう。文化には違いがあるだけだ。文化には優劣などはないし、僕達日本人が特に変だというわけでもないよ」
「あ、そう」
 トマスはしらけたように言ったが、外国人にはこのように明快に自分の主張をしておかないと、どんどん譲歩を迫られる。そして、最後に怒りを爆発させても、外国人特に西洋人にはなぜそこまで怒るのか理解してもらえないのが落ちだ。
 次に食料品を回っていると、彼は、今度は海苔に目が行ったようだった。
「ヒロユキ。これは何だろうか。この黒い紙のように畳んである品物は」
「これはノリという。英語ではtoasted laverかな」
「ええ、そんな物まで。おっと。ご免、ご免」
「これにはヨードがたっぷり含まれている。ヨードは甲状腺ホルモンの生成に欠かせない」
「そう言えば、日本人は鯨を食べるのだったね。鯨は海にいる哺乳類で、とてもかしこいじゃないか。なぜ、鯨などを食べようとするんだ」
「日本人は昔から鯨を愛してきた。江戸時代の日本は鎖国政策を採っていた。その日本に開国を迫るきっかけとなったのは、米国の捕鯨船だよ。当時は米国も捕鯨していたが、その目的は油を取るためさ。捕鯨船は水や食料の補給を日本に求めたが、鎖国していたから応じない。そこで、米国は開国を迫ったのだということは、よく知られている。さて、日本人は、鯨を愛するという意味を教えたい。肉はもちろん食べるし、肝臓からは肝油が取られた。軟骨も食用にしたし、髭や歯は櫛などの細工に使ったよ。皮は膠や鯨油に、血は薬用された。欧米では鯨油、鯨髭、鯨歯のみを利用し、他の部分はほとんど廃棄していたのだ。これが、日本人が鯨を愛したという意味だよ」
「しかし、資源が減少したのだから、やはり鯨の捕獲はひかえるべきだ」
「それはそうだが、ある種の鯨はむしろ増えている。それに調査目的で捕獲することは国際的にも合意されている」
「僕は、鯨の捕獲には絶対反対だよ。例え、捕獲目的であっても」
「君の意見がどうであろうと、僕達日本人は鯨を愛する。君達の西洋人の意見にも多々矛盾がある。だからと言って君達と喧嘩をするというのではない。おお、そうだ。思い出したぞ。目くじらを立てる" to raise one's eyebrow "というのがある。他人の欠点を取り上げて非難するとか、あら捜し、つまりfaultfindingとか言う意味だ。動物の鯨とは何も関係がないがね。君達西洋人の鯨に関する意見は、この目くじらを立てるというのに似ているよ」
「分かったよ、ヒロユキ。もうこの件についてはお互い議論をやめよう。ところで、日本人の宗教は神道だと聞いていたが、仏教の寺もずいぶんあるもんだね」
「文化庁という役所がある。そこがまとめている『宗教年鑑』という資料によると、神道系が約1億600万人、仏教系が約9600万人、キリスト教系が約200万人、その他約1100万人、合計2億1500万人だそうだ。これは、日本の総人口の2倍近い信者数になる。祭礼や行事などを通じて、多くの日本人が七五三や初詣、あるいは季節の祭りを神社で行うし、葬式や盆などを仏教式で行うからだ。神仏混淆が行われたため、神道と仏教の間には明確な境界線が存在しないのだよ。神棚を祀っている家庭には仏壇もあることが多い。日本人は、他宗教に対し概して寛容であることから、他宗教との対立という現象はあまりみられないのも特徴かな。だから、確固たる神ないし宗教観と呼べる様なものはそこに存在しないともいえるのかな」
「日本人は忙しいというのか、無原則なんだね。神社に行ったり、お寺にいったりして。僕はクリスチャンだから、そんなのは信じられないね。僕は自分が死ぬまで、キリスト教の教会以外の宗教施設にはいかないよ。神様は絶対にいるし、キリスト教の神様だけが本当の神だと信じているよ」

 こんなやり取りをしてから、三ヶ月も経ったら、トマスの日本語はかなり進歩した。ある日、こんなやり取りがあった。
 それは、再度トマスを浅草に連れて行った時のことである。
「トマス。見ろよ。あの揚げ饅頭屋の前に女の子達が群がっているな。右から三番目の女の子、綺麗だと思わないか」
 僕はテレビでよく見るアイドルにそっくりな女の子を見たので、嬉しくなった。本当に綺麗な子だったので、綺麗と言ったまでであり、他意は一切なかった。
「ヒロユキ。君はあの子と性的関係を持ちたいのか」
「トマス。待てよ。それは下種(げす)の勘繰りというものだ」
 それまでは英語で喋っていたのだが、僕は思わずトマスのあまりにもあからさまな言い方に逆上して日本語で叫んだ。
「ヒロユキはguessしているのか。あの女の子は自分と寝るだろうなとか。でも、guessは理解できるが、何でkangaroo(カンガルー)なんだ」
 僕は、逆上のあまり、トマスに背を向けて走り出した。それ以来、二度とこのおかしな男と会うことはなかったし、変な日本語暗記法に悩まされなくなった。
 秋茄子からトマス・アクィナスに繋がり、トマス・ジョンソンにまで繋がるとは、夢にも思わなかった僕の、秋の長い悪夢はもうそろそろ覚めてもよい頃だと思うが。

                                          終わり




















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